RALPH LAUREN

RALPH LAURENについて。

ラルフローレンは若い時は奇抜な服装で人とは違った格好をしていました。

洋服が大好きで当時(20代前半)はポールスチュワート、ブルックスブラザーズの最大の顧客でした。

奇抜な服装ですがアパレル業界の方々には最先端な格好と認めてくれる人もいました。

その後、認めてくれた人達の紹介からブルックスブラーザーズで働きましたが(1966年ぐらい)すぐ辞めて、紹介してくれたネクタイの会社に就職しました。



当時はネクタイが盛んではない時代にネクタイメーカーに就職をして、 流行ではない幅広のネクタイを考案し数々の高級なお店や百貨店に営業しました。

このときのブランドネームが『POLO』。

1967年がラルフローレンの出発です。

そんなラルフローレンの出発ですがネクタイを百貨店などに売りに行くと、ほとんどのお店から流行外なので断わられましたがラルフローレンの情熱が通じたのか一部のお店では取り扱いしてくれてそのネクタイが売れました。

ラルフロレーンはこのネクタイ売りから成功体験(ラルフローレンの情熱が通じてお店側も積極的に販売してくれたかも知れませんが・・・)をして自身でお店をニューヨークに開店します。

この時が1968年。(この年に当時つきあっていたリッキーと結婚しました。)

1962年〜1964年まで軍隊にいたからすぐに大きなお店を構えることになります。

金額は覚えていませんがニューヨークの一等地、しかも、歴史的な建物を借りたので莫大なお金を借金してお店を構えました。

ラルフローレンは徹底的にこだわるタイプなので思っていた金額をはるかに超えた借金をしました。

品質、内装に徹底的にこだわり(歴史的な建物を借入、大理石をふんだんに使い)マスコミを呼びおもてなしました

さすがに金額がすごかったので自身もドキドキだったらしいです。

ラルフローレンは徹底的に内装、品質にこだわり成功することを信念に考えていましたから高額な商品になってしまうことは仕方ないと思っていました。

ラルフローレンの信念は正にこの徹底的なこだわりだと思います。

今も新入社員などにはこの徹底的なこだわりを信じて突き進むことを教えているらしいですよ。



そして、皆さんもわかるとおりそんな信念を貫くお通しレディースをはじめ最高級なパープルレーベル、ポロスポーツ、RRL、ラルフローレンホームをはじめ今では世界の『ラルフローレン』になったわけです。

現に『世界で最も影響のある100人』にTIMES誌に選ばれました。

『POLO』というブランドネームはラルフローレンがスポーツ好きと上品で洗礼されていて国際的だったためです。

ラルフ・ローレンはブルックスブラザーズと並びアメリカントラッド(アメトラ)の代表格です。

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